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死刑執行を監視せよ

by 安西敦


今日,二人の人の死刑が執行された。二人とも,再審請求中だった。

私は,死刑は廃止すべきだと考えているけれど,この問題は議論が必要なテーマだ。

そして,死刑を廃止すべきか存置すべきかを議論するにあたって,日本は死刑についての情報がなさ過ぎる。法務省が故意に見せないように隠しているからだ。

例えばアメリカのテキサス州を例に出せば,今いる死刑囚はどんな人で,どんな事件を起こしたのか,そして数か月先までの執行のスケジュール,執行後に最後に残した言葉などが公開されている。
(顔写真まである。ここまで公開するべきかはさておくが。)

テキサスで2017年11月8日に死刑執行されたCardenasさんが最後に残した言葉も記録されている。

" I will not and cannot apologize for someone else’s crime"
(私は他の誰かの犯罪のために謝罪しないしすることができない。)

彼は,えん罪を訴えながら,死刑によって殺されたのだろう。その足跡が残っていた。

日本でも「死刑執行速報」という書類があって,こうした言葉はその書類に記録されている。しかし,情報公開請求でその書類を手に入れても,ほとんどの部分は黒塗りだ。Cardenasさんのように,えん罪を訴えて死んでいった人もいただろう。でも,その最後の言葉が社会に伝わって,死刑についての議論が巻き起こることを法務省はいやがっているから見せないのだ。

アメリカでは,州によるけれど,死刑囚の家族,弁護人,被害者遺族,マスコミ,州の市民の代表などが執行に立ち会うことができる。死刑を国に必要な制度として維持すべきだというなら,適正に執行されているかどうかを監視するべきではないだろうか。国民は刑務所内の生活を知る権利があるように,死刑の執行状況について知る権利があるはずだ。

しかし日本では,死刑の執行には検察官や拘置所長などしか立ち会えない。被害者遺族にすら,事前に執行の日時も知らされないし,事後に執行の様子が知らされることもない。戦後,刑場がマスコミに公開されたのは1回だけしかない。今では,弁護士会ですら刑場の中を見ることはできない。

もしかしたら非人道的な執行がなされているケースもあるかもしれない。
明治のころの執行で,首にロープをかけて床板から下に落とした際に,ロープが首に食い込み,首が半ばまで切れて血が噴き出したというケースが報道されている(そのころはマスコミが立会できた)。もしそんなことがあったとしても,弁護人が立ち会っていなければ異議を言うこともできない。執行後には死人に口なしだからだ。

オクラホマ州では,薬物注射による死刑執行が失敗して問題になった。これは,マスコミや弁護人が立ち会っていたから明らかになった。もし日本でこういう事故が起これば,法務省は,情報を絶対にオープンにせずに隠し通すだろう。

日本には,今,死刑が確定して執行を待っている状態の人たちが120人以上いて,全国の拘置所で暮らしている。そのうち,次に誰がいつ執行されるのかを決める手続も全く公開されていない。法務省の役人たちが密室で決めているのだ。もしかしたら本当は早く執行されるはずの人が,誰かの意向の忖度によって後回しになって生きながらえているかもしれない。死刑が必要だと思う人こそ,この過程に注目して,適正に執行されているかどうかを監視してみたくならないだろうか。


安西敦
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