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私と薬物依存症とダルクとの出会い

by 安西敦

もう20年近く前,私が弁護士になる前の話。
ある女性の覚せい剤事件の裁判を傍聴したときのこと。
 
被告人として裁判を受けていたのは,覚せい剤の事件で過去にも何度か刑務所に入っていた人だった。
刑務所から出て,数か月のうちに覚せい剤の自己使用の再犯で捕まって今回の裁判になった。
実刑となり,刑務所に行くことは避けられないケースだ。
 
彼女には娘がいた。
彼女は,お母さんとして,娘の入学式に参加して,娘の入学を祝ってあげたかった。
でも,入学式の前に逮捕されてしまったためにそれはかなわなかった。
それを悔やんで,法廷で,彼女はずっと泣いていた。
 
その裁判を見るまで,私には薬物依存症の知識はなかった。
覚せい剤というのは,快楽のために使うもので,
覚せい剤を使って捕まった人というのは,
違法な薬で楽しい思いをしようとした人たちなんだと思っていた。
でも,彼女の事件を見て,それは違うんじゃないかと思い始めた。
 
彼女は,娘のことを思い,心から悔いているように思えた。
娘を顧みず,入学式なんかどうでもいいから,
違法な薬で快楽におぼれようとするような人にはどうしても見えなかった。
 
当時,私は,子どもを持つお母さんというのは,
世界でもっとも強い人の一人だと思っていた。
そのお母さんが,娘のためを思ってもやめられない覚せい剤ってなんなんだろう?
 
検察官は,彼女は法律を守る意識がないから,刑務所での矯正教育が必要だと言う。
弁護人は,彼女は反省していて,もう絶対使わないと誓っているから刑を軽くしろと言う。
裁判官は,覚せい剤を使わないという意思を強く持って,もう二度とやらないと約束しろと言う。
でも,どれも違うんじゃないかと思いはじめた。
 
その答えがほしくて,私はダルクに関わりはじめたんだと思う。
 
ダルクは,薬物依存症から回復するための民間のリハビリテーションセンターだ。覚せい剤や,危険ドラッグ,大麻,精神科で処方される薬,薬局で売っている風邪薬,シンナーなど,ありとあらゆる薬の依存症の人たちが集まる。スタッフは,以前は薬を使っていたけど,今は使用が止まっている人たち。自分のことを「addict(依存症者)」だといい,お互いを「仲間」と呼び,回復のために日々を過ごしている。

(香川ダルクのミーティング風景。https://www.facebook.com/kagawadarc/ から引用)

ダルクに関わり始めてから,私は,薬物依存症という言葉を知り,薬物依存症は回復する病気なのだと知った。そして,薬を使うのは快楽のためじゃないんだ,生きづらさをまぎらわせるためなのかも,と思うようになった。

覚せい剤の事件の弁護人をしていて,被告人として出会った人たちは,優しくて,自分に自信がなくて,とっても傷ついている人たちだった。生き延びるために薬が必要だった人たちもいた。

薬物を使うのを,犯罪だと言ってみてもしょうがないよ。病気なんだってば。治療と支援が必要なんだ。でもって,薬をやめることはゴールでも何でもないよ。生きづらさを薬でまぎらわせてきたんだから,薬を止めれば生きづらさが戻ってくる。その生きづらさに寄り添わなくちゃ,意味がないんだってば。

薬は一人ではやめられない。やめたいと願う仲間と一緒だから,今日一日は薬を使わないで過ごせるんだ。

次の仕事は,この認識を社会の人たちとどうやって共有すればいいんだろうかということ。
簡単ではないけど,考えなきゃな,と思っている。


安西敦
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