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彼は極悪な犯罪者か?

by 安西敦

ある男性のお話をしましょう。

事件を起こして被告人として裁判を受けている男性がいます。
彼は,70歳です。
過去に8回,刑務所に服役しています。
今回の事件で懲役4年の判決を受けました。

いったい,どんな極悪人がどんな事件をやったんでしょうね。イメージしてみてください。

ーー
答え合わせをしてみましょうか。

彼の事件は,スーパーでの万引きです。
盗んだものは,弁当,お菓子など,合計4点,1000円相当です。
彼がこの事件を起こしたのは,前の事件での刑を終えて,刑務所から出てきて10日目のことでした。
彼に自宅はありません。
家族とは何年も連絡を取っていません。
仕事は探したが見つかりませんでした。
生活保護は受けていません。
刑務所を出てからどこにも行くところがなく,食料品などを万引きしながらホームレスとして暮らしていたのですが, 今回の事件で捕まったのです。

彼はなぜ万引きをしたのでしょう?

彼は,刑務所を出ても行き先がありませんでした。
わずかなお金は持っていましたが,1週間で使い果たしてしまいました。
お金がなくなり,食べるものもなくなりました。
生きるためには,食べ物を盗むしかありませんでした。

お金がないなら仕事をすればよかったでしょうか?
でも,住所がなく,高齢で,まして刑務所帰りの彼を雇ってくれる職場はありませんでした。

家族は助けてくれなかったのでしょうか?
家族の援助は受けられませんでした。彼が初めて事件を起こして捕まったときは,家族は盗んだお店に弁償してくれたり,しばらく彼の生活資金をだしてくれたりもしました。しかし,彼がまた事件を起こして刑務所に行き,帰ってきて,ということを繰り返しているうちに,彼にかまおうとする者は誰もいなくなりました。

彼は,1回目に刑務所から出てきたときは,仕事を探そうとしたのです。でも,不況の中,刑務所帰りの彼を雇ってくれるところはなかなか見つかりませんでした。ハローワークに通い,たくさんの職場に応募しましたが,書類だけで落とされるところがほとんどでした。たまに面接までいっても,あっさりと落とされました。落とされるたびに,おまえはだめな人間だ,おまえは社会にいらない人間だと言われているようで,つらい日々を過ごしました。段々と気力を失い,就職活動をしなくなってしまいました。お金がなくなり,どうしようもなくなって,万引きをし,つかまりました。

2回目の刑務所に入っているときに,刑務所の職員の人から,仕事が見つかるまでは生活保護がもらえるんじゃないかという話を聴きました。そこで,刑務所を出てから,役所に行ってみました。生活保護の窓口で相談したのですが,なぜ仕事を探さないのかと責められました。でも,彼はホームレスでしたから,履歴書に住所も電話番号も書けないのです。そんな彼を雇ってくれる職場などありません。その説明をして,どうしても無理なんだ,もう食べるものがないんだと訴えたのですが,住所がないと生活保護は受けられないと言われて追い返されました。(ちなみにこの窓口での,生活保護の申請をさせずに追い返すという対応は違法です。住所がなくても生活保護は受けられます。でも,多くの場所でこういう対応がなされていました。)自分は役に立たない人間なんだと思いました。彼はもう気力を失っていました。そして,万引きをし,つかまりました。

3回目に刑務所から出たときは,やはり家もお金もありませんでしたが,もう役所に相談には行きませんでした。行っても,なぜ働かないのだと責められ,自分が社会から役に立たない人間であると言われるだけであることはわかっているからです。もう自分ではもうどうすることもできないし,自分を助けてくれる人なんてどこにもいないと思っていました。数日後に万引きをし,捕まりました。
そして,3年間の刑期を終え,刑務所を出て2週間でまた万引きをして捕まりました。それを現在まで繰り返しました。彼は,70歳になるまで,ほとんどの期間を刑務所で過ごしてきたのです。

今回の裁判でも,彼は,万引きをしたことで裁判になりました。
検察官は,彼が何度も万引きをしたことを指して,法律を守ろうとする意識がないんだと責めました。裁判官は,彼に,こんな万引きで,何年も刑務所に行くなんてばからしいでしょう,もうこんなことはしないでくださいね,といいながら,常習累犯窃盗で懲役4年の判決を言い渡しました。

彼は,刑務所にいる方が楽だと言います。そういうことを言う人たちは結構います。
刑務所を出て,数日の間に,万引きをしたり,無銭飲食をしたりして,また刑務所に戻っていくのです。
なぜでしょうか?本当に刑務所の生活が楽だからでしょうか?
刑務所の生活を厳しくすれば,彼は刑務所に行かなくなりますか?

今も,刑務所の中には高齢者がたくさんいます。病気の人も,障害を持っている人もいます。

法務省の出している,犯罪白書のデータです。刑務所の中にいる高齢者は,平成27年で2632人。刑務所に入っている人の全体の約1割強です。年々増え続けています。

この高齢者の人たちすべてを,犯罪者として扱う必要があるのでしょうか。

昔,私が司法修習生(司法試験に合格した後,弁護士,裁判官,検察官などの仕事に就く前に行う研修を受ける)だったころも,こんな事件がたくさんありました。この人達をなぜ刑務所に入れなければいけないのか,という話をしていて,若い検察官が,こう言いました。
「社会の中で暮らせない人が生活できるように,刑務所が福祉を担っているんだ。」
そんなわけあるか,働けなくなった人たちを捕まえて刑務所に放り込んで,そんなのが福祉のはずがあるか,と強い怒りを覚えました。

この人たちを,鍵のかかった刑務所なんかじゃなく,本来の場所で,福祉のサービスを受けて過ごせるようにするためには,司法と福祉との連携が必要です。簡単な問題ではありません。制度のどこでやるのか,誰が福祉につなぐのか,福祉のどこで誰が担うのか,予算はどれだけつけられるのか。考えることは山ほどあります。でも,この問題に取り組み始めた人たちもたくさんいます。私も考え続けたいと思っています。


安西敦
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