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英語ができることの意味がわかると,英語の勉強が楽しくなった

by 安西敦

といっても,短期間で英語がぺらぺら話せるようになったとかいう話ではありません。残念ながら。

中学も高校も,英語の成績は悪くなかった。あくまで,自分がいた田舎の公立学校の中でのことではあるけど。大学受験のころは,結構必死になって勉強した。英語がまあまあ難しいと言われていた大学になんとかかんとか合格できるくらいのレベルにはなった。

でも,英語が楽しいと思ったことはなかった。英語の勉強は,学校のテストのためとか,大学受験のために,しょうがないから苦行としてやるものだった。だから,大学に合格した瞬間,英語の勉強をするなんてことは頭の中から消し飛んだ。一応,大学で英語の単位は必修の分だけ取ったけど,出回ってるノートを手に入れて試験だけ乗り切るような学生だった。その後,20年以上勉強していなかった。

弁護士になってから,弁護士会や大学の研究チームで何度か,海外に制度の調査に行った。アメリカの大学で研修を受けたり,ノルウェーの刑務所の中のプログラムを見たり。そのときは通訳の人がいた。現地の人と話したかったけど,通訳の人がいない場面ではほぼ話はできなかった。こういう調査から帰るたび,英語を勉強しようと思ったけど,その意欲が3日も続くことはなく,仕事の忙しさに紛れていった。


あるとき,留学したいと思うようになって,少しずつ英語の勉強を始めた。そして,Kindleで英語の本を読み始めた。何冊か挫折した。はじめて最後まで読んだ本のタイトルは,"Picking Cotton: Our Memoir of Injustice and Redemption"(日本語訳も出ている。「とらわれた二人――無実の囚人と誤った目撃証人の物語」)。強姦罪で,被害者の間違った証言によってえん罪で刑務所に行った男性が,無実を晴らして戻ってきて,自分を犯人だと間違えた被害者と交流を始める話だ。辞書を引きまくりながら(Kindleだと辞書を引くのが楽。)少しずつ読み始めてしばらくたったころ,ふと,話に引き込まれて,気がつくと数十ページ進んでいたことがあった。もう,勉強することに苦行感はなくなってきていた。この本を読み終えて,次の本も読もうかという気になった。

また,ネット上で,講師と短い文章のやりとりをするというサービスを使ったこともあった。そのとき,少年非行をテーマにして,日本の問題を紹介すると,同じ問題のイギリスでの状況を教えてくれた。疑問点を質問すると説明してくれた。はじめて,誰かと英語で突っ込んだコミュニケーションをした。英語ができると,日本人じゃない世界の誰かと意思疎通ができるんだ,と知った。感動した。思えば当たり前なんだけど,そんなことしたことなかったから。

それで初めて気づいたのだけど,中学高校で6年間勉強していて,誰かと英語で話をしたことは一度もなかった。文章を読んで,何かを知ったり楽しい思いをしたことも一度もなかった。純粋に,問題を解くための記号として勉強していた。そりゃ面白くないはずだ。


いろいろ考えた末に留学はやめて,今は,弁護士を続けつつ国内の大学院にいる。
ある程度研究が進むと,自分が知りたいことについて,日本で書いている人は誰もいないという領域にぶつかるので,その先を知りたければ海外の文献にあたるしかない。今は,イギリスのソーシャルワークの文献を読んでいる。読むと,今まで知らなかったことが書いてある。得た知識をもとにして思考を続ける。これまで日本語の範囲でしか見えなかった世界が,英語のぶんだけ広がっていく。

20年も英語をサボっていたから,今の英語のレベルはさんざんだ。これから研究をきちんとやっていくためには,もっと勉強しなければならない。
でも,今は,大学受験の時までと違って,英語の勉強をするのが楽しい。勉強すればもっとたくさんの文献が読めるようになる。新しいことを知ることができる。会話も勉強すれば,海外の研究者と議論ができるようになる(まだできないけど)。勉強にちゃんと意味があるのだ。

今,うちの大学院には留学生がたくさんいる。みんな,外国語としての日本語を勉強して,日本語で論文書いて,ゼミで議論してる。すごいよなあ。尊敬します。でもってうらやましい。きっと楽しいだろうな。

この楽しさを,高校のときに誰かが少しでも教えてくれていたらなあ。英語が読めることでこんなにたくさんのことを知ることができるとか,英語を話して通じることはこんなに楽しいとか。
そしたらあの苦行は,きっと苦行じゃなくなっていたし,もっともっと勉強する気になっていただろう。そして,その後もずっと英語を使い続けていただろう。


最近は,小学校でも英語を教えているらしい。早くからやるのも大事だけど,どこかのタイミングで,英語をやることの意味も教えてほしい。英語を読んで何かを知ることができたり,書いたり話したりして誰かとコミュニケーションが通じたりすることの楽しさを教えてほしい。そうしたら,英語が受験のための苦行じゃなくなるかも。

例えば,中学校の宿題でこんなのはどうだろう。外国人講師相手にメールでやりとりする。
講師:「あなたの好きなことは何ですか?」
生徒:「野球が好きです。クラブで毎日練習しています。」
講師:「すごいね!ポジションはどこなの?どんなことが得意?」
先生:「サードです。肩が強いので,ファーストまで速い球が投げられます。」
講師:「そうなんだ!試合でも活躍してるのかな?」
生徒:「この間の試合では,エラーをしてしまったんだけど,…」
みたいなやりとりを何日かかけて10往復。書き方がわからないときは英語の先生に質問にいってもよし。
こんなのがあれば,英語を学ぼうという気にならないかな。


ま,愚痴っても仕方ないので,明日も研究室にこもって,英語の文献を読むのだ。

ーー
(昨年,イギリスの刑務所の調査に行ったとき,休暇を3日間くっつけて,レンタカーでコッツウォルズを回った。写真は,そのときに行ったSnowshillの町並み。絵本のようにきれいなところだった。)


安西敦
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